コロナ後を示唆!?世界恐慌のあと世界はどうなったのか?

こんにちは!

20代投資家ブロガーのハマネコです!

新型コロナウイルスの影響で、悪い経済指標がどんどん出てきていますね。

株価こそ堅調に推移していますが、とても実体経済を反映しているとは思えません。

そんな経済の低迷っぷりは2008年のリーマンショックを超え、1929年の人類最大の不況と言っても過言ではない世界恐慌と比較されるほどになりました。

この世界恐慌は、歴史の教科書なんかでも必ず出てくるので聞いたことのある人も多いかもしれません。

今回の記事では世界恐慌後に世界がどのようになったのかを経済的な視点で解説し、またそれが今回のコロナ終息後の世界を考える判断材料の一つになればなと思います。

ドイツの敗戦が世界経済の結びつきを強めた

まず、世界恐慌発生前の世界の状況について前振りをしておきます。

1918年に第一次世界大戦が終わり、ドイツは敗戦国になりました。

戦勝国はアメリカ、イギリス、フランスなどで、日本もその一国です。

戦闘の経過は本記事の本旨から逸れるので割愛しますが、基本は「イギリス・フランスvsドイツ」であり、アメリカは後半戦のダメ押し、日本はアジアのドイツ軍基地をちょこちょこ攻撃していた程度です。

なおロシア(帝政ロシア)は国内でロシア革命が起こり、戦線離脱してます。

戦争に負けたドイツは、戦勝国であるイギリスやフランスなどに賠償金を支払わなければなりませんでした。

しかし戦勝国であるイギリス・フランスも戦勝中にアメリカから戦費調達のための借金(戦債)をしていたため、財政的には苦しい状態でした。

第一次世界大戦後には、同じ戦勝国でもダメージの少ないアメリカや日本が台頭し、ドイツと全面衝突したイギリス・フランスの国力は落ちてしまったのです。

当時世界の覇権国はイギリスでしたが、それもアメリカに変わろうとしていました。

そして敗戦国のドイツは多額の賠償金を背負いましたが、イギリス・フランス以上にボロボロになった状態で返せるはずもありません。

そしてドイツの賠償金の支払いが滞ると、イギリス・フランスもアメリカへの借金を返済できませんでした。

これはアメリカも困ってしまいます。

そこでアメリカはドイツに経済支援を行うことによって、ドイツからイギリス・フランスに賠償金の返済をさせることにしたのです。

そして賠償金を受け取ったイギリス・フランスからアメリカへの戦債の返済が行われれば、アメリカにお金が返ってきます。

こうして「ドイツ→イギリス・フランス→アメリカ→ドイツ…」という資金の循環を作り出していたのです。

当時はインターネットはおろか、飛行機すら軍事偵察用しかなかった時代です。

それでも世界経済の繋がりができたのは、ある意味ドイツの敗戦と賠償金が要因だったのです。

しかし、これが世界恐慌の仇となります。

アメリカの不況が世界に波及した

第一次世界大戦後は、こうした経緯から世界経済におけるアメリカへの依存度が高まっていました。

ドイツは経済支援で。

イギリス・フランスは戦債で。

そして日本も生糸(当時の主力輸出品)の輸出先として。

しかし1929年10月に世界恐慌が起きたのを皮切りに、銀行の連鎖倒産やFRBの金融政策の誤りも重なって世界恐慌が発生しました。

当時はマーケットの役割は小さかったため、株価の暴落そのものがダメージを与えたわけではありません。

むしろそれによる金本位制の崩壊が原因でした。

さて、アメリカでは不況が起こるとドイツへの経済支援も停止します。

自国が危ないのに、遠いヨーロッパの国に構っていられなくなるのは当然ですよね。

ドイツではアメリカ資本が撤退したことによって、賠償金の支払いが滞るどころか深刻な経済不況が生じます。

これはイギリス・フランスなどでも同様です。

世界中で企業の倒産が起こり、失業者で街が溢れかえる状態になります。

この状態を改善して自国産業を守るために、各国は他国からの輸入品に高い関税を掛け、自国とその植民地や保護国との間での経済圏を作り上げます。

これが、世にも悪名高いブロック経済です。

こうして一時は自由貿易に進むかに見えた世界経済は、保護貿易化していくのでした。

なお社会主義国家であったソ連は国際舞台から孤立していたため、そのそも「世界経済の繋がり」に含まれていませんでした。

そのため主要国では唯一世界恐慌の影響を受けずに済み、社会主義が注目されることにもなります。

世界恐慌は第二次世界大戦の原因に?

世界の主要国がブロック経済体制を取ると、あとはその「ブロック」がいかに強いかで勝敗は決まります。

アメリカはフィリピンを除けばほとんど植民地はありませんでしたが、そもそも本国が巨大な市場を有しているため、「ニューディール政策」という大規模公共事業を実施することで何とか復興を遂げました。

イギリス・フランスは本国は第一次世界大戦以降低調気味でしたが、世界中に広大な植民地を有しており、同じく復興に成功しました。

一方で困ったのがドイツとイタリア、そして日本です。

もうお分かりかと思いますが、いずれもファシスト政権が誕生し、後の第二次世界大戦における枢軸国になった面々です。

ドイツの自国経済が第一次世界大戦以降ボロボロだったのは、言うまでもありませんね。

植民地も第一次世界大戦後のベルサイユ条約にて没収されてしまいました。

イタリアは第一次世界大戦で戦勝国にはなりましたが、領土拡大などのうまみはなく、北アフリカにわずかな植民地を持つのみです。

日本は朝鮮半島や台湾を植民地化してはいましたが十分な規模とは言えず、昭和恐慌や関東大震災などで1920年代は慢性的な不況が続いておりました。

強い「ブロック」を持ていたアメリカ・イギリス・フランスを「持てる国」、その反対であるドイツ・イタリア・日本を「持たざる国」と呼びます。

世界は1930年代前半にはおおむね不況を脱しますが、「持てる国」と「持たざる国」での対立は深まってきました。

そして「持たざる国」は「持てる国」になるために強いリーダーを求めるようになり、後に領土拡大を謳うナチスや軍部が支持されるようになったと言われています。

これがのちの第二次世界大戦における「チーム分け」になったことは、言うまでもありませんね。

最後に

世界恐慌の影響を振り返っていきましたが、今回のコロナショックと似ているところがいくつかあります。

まずは世界経済が繋がっていること。

これは今の時代の方がはるかに強いでしょう。

そして、覇権国に2番手国が挑んでいる構図

世界恐慌の時は、覇権国がイギリスからアメリカに交代しました。

そしてコロナショックの前までは、覇権国であるアメリカに対して2番手国の中国が挑戦していましたね。

言わずもがな、米中貿易摩擦です。

さすがにコロナ終息後に即交代というわけにはいかないでしょうが、何かの転換点になる可能性は十分にあります。

そして最後が、世界の交流が途絶えていること。

当時のブロック経済と現行のロックダウンとでは経緯は異なりますが、経済的に国を閉ざすとう状態は同じです。

経済を閉ざした結果として世界がどうなったのか。

アフターコロナを考えるうえで、世界恐慌後の国際情勢を振り返るのは大切なのかなと思います。

では!

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です